モキュメンタリー25『ウナギは熟成の夢をみるか?』

登場人物

霧島 麗華(レイカさま):取締役(第二事業部長) 「見られ方」の達人。信用していない人は優雅に遠ざけがち。「モッフィー」(白いうなぎのキャラクター)の大ファンで、デスクにグッズを飾るほど。

天野: データと計画が全ての超ロジカルな若手。麗華に振り回されながらも、真摯にプロジェクトを進めようとするが、お気に入りではないため冷遇されている。

レイカ親衛隊:麗華を信奉する、主に古参の部下で構成された集団。見当違いのフォローで場をさらにカオスに陥れることがある。

社長:リラックスタイムである入浴中に、とんでもないアイデアを閃く癖がある。

『非情の刑事』の原作者:コラボ先の重要人物。自身の作品とキャラクターに強い魂とこだわりを持つ、熱いクリエイター。

あらすじ

霧島麗華が現場に現れる時、それはトラブル発生の合図であり、そして(表向きの)鎮火の合図でもある。彼女の手にかかれば、どんな炎上案件も不思議と丸く収まる。

特に、彼女が可愛がる「レイカ親衛隊」からの信頼は絶対だ。その一方で、お気に召さない相手には、優雅な笑みを浮かべながら書類を受け取り、そのまま机の奥深くへ…という恐ろしくわかりやすい態度の差を見せる。

そんなある日、衝撃の発表があった。

「我が社は、ビジネスマン向け癒しキャラクターグッズ『オフィスでホッ』ブランドを立ち上げる!」

社長の高らかな宣言に、役員室は凍りついた。

「主役は、今若者に大人気のキャラクター、『モッフィーちゃん』だ! 麗華くん、君が総責任者だ!」

「…は、はい」

実は彼女、ウナギのキャラクター「モッフィーちゃん」の大ファン。デスク周りはモッフィーちゃんグッズで固め、スマホの待ち受けも当然モッフィーちゃん。麗華は優雅に微笑んだ。

しかし、悲劇はすぐに訪れる。補佐役として、外部から転職してきたばかりの、データと計画が全ての超ロジカルな若手・天野が付けられたのだ。

「レイカさま、まずはターゲット層の分析から! モッフィーちゃんの既存ファン層と、我々が狙うビジネスマン層の乖離は…」 分厚い資料を差し出す天野に、麗華はいつもの微笑みを返した。

「あら、ありがとう。少し寝かせてみましょうか」

麗華は資料をデスクの引き出しの奥深くへ。そこには過去3ヶ月分の「熟成中」の書類が眠っていた。

プロジェクトは、案の定、始動しない。

そんなある夜、麗華のスマホがけたたましく鳴った。表示は『社長』。時刻は22時過ぎ。恐る恐る出ると、電話の向こうから水音が響く。

「やあ麗華くん! 今、お風呂に入ってたらすごいこと閃いちゃってね!」

社長のアイデアは、リラックスタイムに天から降ってくるのだ。

「モッフィーちゃんだけじゃ弱い! 今、僕がハマってるハードボイルド刑事ドラマ『非情の刑事(デカ)』とコラボだ!」

麗華の脳内処理が追いつかない。でも、彼女には完璧な返答パターンがある。「素晴らしいアイデアですね! それは絶対良いです!」

よく朝、麗華は出社すると、すぐに天野を呼んだ。「天野さん、キャラクターは『非情の刑事』とモッフィーちゃんのコラボで。お願いね」

「…は? ウナギと刑事を、ですか?」

「これはうまく行くと思う。まずしっかりと自分で考えてみてね。柔軟にね」

麗華は天野にともっともらしい指示をすると、自分の思考が追いつかなくなっていたため、得意の「沈黙モード」に突入。メールは未読、電話もスルーになった。

「うなぎ…刑事…うなぎ…刑事…」

天野は呟きながら、ただ時間が過ぎていく恐怖に震えた。

リーダーが掲げる旗ってのは、風向きを読むためのもんじゃない。風向きを〝作る〟ためのものなんんだ!

そして、中間役員報告会の一週間前。運命の日が訪れる。コラボ先である『非情の刑事』の原作者を招いての、キャラクターデザインお披露目会が開催された。

麗華は「天野さんに任せてあるから大丈夫」と優雅に微笑んでいる。レイカ親衛隊も「レイカ様の采配は完璧です」と頷き合う。

会議室のスクリーンに、天野が血を吐くような思いで完成させたキャラクターが映し出された。その名も、『モッフィーDAYO(だよ)』。

モッフィーちゃんの可愛らしい白いうなぎのフォルムはそのままに、目つきは鋭く、口には爪楊枝をくわえ、ヨレヨレのトレンチコートを羽織っている。手にはジュラルミンケースと、なぜかカツ丼。

会議室が、シベリアの冬のような冷たい空気に包まれた。

『非情の刑事』の原作者が、わなわなと震えながら口を開いた。

「…うちの主人公は、カツ丼は食わん…! あんころ餅だ!!」

「あ、あんころ餅…」天野の顔が青ざめる。

「そもそもうちの主人公が扱うのは、人の心だ!」

原作者の怒りが爆発する。その瞬間、レイカ親衛隊が動いた。

「いやー、斬新ですね!」「新しい! これまでにない発想です!」「さすがレイカ様のプロジェクト!」

完全に見当違いのフォローが、会議室をさらなるカオスに陥れる。原作者の顔が真っ赤になった。

「斬新って…お前ら、作品への敬意ってもんがないのか!?」

天野は焦りまくって目が泳いでいた。麗華の優雅な微笑みは、完全に固まっている。原作者の怒りの矛先は、うろたえる天野ではなく、優雅な微笑みを固まらせたままの総責任者、麗華に向けられた。

「いいですか」原作者が静かに、しかし力強く言った。

「リーダーが掲げる旗ってのは、風向きを読むためのもんじゃない。風向きを〝作る〟ためのものなんんだ!」

会議室に、その言葉が響き渡る。

「今のあなたはただの拡声器だ。他人の声を大きくしてるだけで、あなた自身の声が聞こえてこない!」

麗華の顔が青ざめる。

「あなたがこのプロジェクトで何を成し遂げたいのか、モッフィーちゃんをどう愛してるのか、どんな商品を世に出したいのか…何一つ伝わってこないんだ!」

原作者が立ち上がった。

「部下に『考えてみてね』じゃなくて、あなたが必死に脳に汗かいて考えなきゃいけない! それがリーダーってもんだよね?」

その言葉は、鋭利な刃物となって麗華を切り裂いた。上司の意見を自分の意見のように語ることで、新しさを生み出すことから逃げ続けてきた自分の姿を、真正面から突きつけられたのだ。

すべての視線が、総責任者である麗華に突き刺さる。レイカ親衛隊も、今度ばかりは黙っている。

彼女の完璧な外面が、今、音を立てて崩れ落ちようとしていた。

この物語はフィクションです。登場人物は、物語上の役割を担う「ジョブキャラ」として創作された架空の存在です。実在の方を連想させる場合でも、あくまで物語のためのキャラクターであり、実在の方ご本人やその言動を描いたものではありません。




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