モキュメンタリー25『ジェントルは何も聞いていなかった』

登場人物

橿原 斗真(ジェントル):常務取締役。部下からは好かれたいが、責任は負いたくない。「優しくて度量の広い上司」を自認するが、その実、部下の話は右から左。唯一のこだわりは、人知れず身に纏うブランドのファッション。

未来(ミキ):20代後半、プロジェクトチームの若きエース。情熱と行動力にあふれているが、上司である橿原に振り回される。

社長:会社の未来を案じ、新プロジェクトの立ち上げを命じる。

あらすじ

常務取締役・橿原斗真の朝は、鏡の前でのファッションチェックから始まる。今日のややよれた感じのジャケットは、誰にも気づかれないイタリアのドメスティックブランドだ。

胸元に喜平のネックレスをのぞかせた彼はご満悦で出社し、部下たちに「やあ、頑張ってるね!」と大らかに微笑みかける。彼こそが、自他ともに認める(と本人は思っている)「優しくて度量の広い上司」なのだ。

しかし、その実態は少し違う。部下が真剣な顔で報告に来ても、彼の耳はBGMのようにそれを受け流す。そして、本質を全く理解しないまま、一言。

「なるほど、わかった。じゃ、それでよろしくやっておいて」

指示はスピーディーだが、中身はゼロ。部下たちの間での彼のあだ名は、敬意を込めて(皮肉を込めて?)『やっておいてジェントル』だった。

そんなある日、会社の未来を左右する、新しい「AI会計サービス」の立ち上げプロジェクトが発足。新しいことに関心のない橿原だったが、社長直々の命令で、その責任者に任命されてしまう。

「橿原くん、君の長年の経験に期待しているよ!」

社長の言葉に、ジェントルは「お任せください!」と威勢よく返事をしたものの、心の中では「面倒なことに…」と呟くだけだった。

プロジェクトチームには、情熱あふれる若きエース・未来(ミキ)が配属された。ミキは、寝る間も惜しんで練り上げた画期的な事業プランを、ジェントルに熱弁する。

ジェントルは、いつものように優しい笑みを浮かべて頷きながらも、頭の中は今夜の夕食のことでいっぱいだった。

「…というわけで、このシステムが業界の未来を変えるんです!」

熱弁を終えたミキに、ジェントルは一言。

「うん、素晴らしいね!じゃ、それでよろしくやっておいて」

その瞬間、ミキの中で何かが切れた。

「ジェントルさん…『任せる』と『丸投げ』は、違います。私が求めてるのは、『やっておいて』じゃないんです。『やっておいて』は指示じゃありません。それは…逃げです」

会議議室に、重い沈黙が落ちた。

数日後、ミキは橿原の元へ駆け込んだ。

「常務!先日ご説明した件、競合他社に先を越されそうです! すぐに予算の承認を…!」

しかし、ジェントルはキョトンとした顔で答える。

「え? そんな話だったっけ? 君は確か、社内アンケートをやるって言ってなかったかな?」

彼の激しい思い込みと、聞いていなさすぎが生んだ「頓珍漢」な勘違いにより、プロジェクトは完全に停止。ミキの情熱は、空回りを続ける。

ついに、プロジェクトの遅延が社長の耳に入り、緊急役員会議が開かれる。進捗を問われたジェントルは、得意の「困りごと瞬間転送芸」を発動する。

「いえ、私は部下に任せておりましたので…。これは私の仕事では…」

その瞬間、社長の雷が落ちた。

「ジェントルくん! それは君の仕事だ! 責任者としての自覚が、君には全く足りていない!」

生まれて初めて、皆の前で厳しい叱責を受けた橿原。さらに追い打ちをかけるように、翌日ミキから静かに、しかし決定的な最後通告を突きつけられる。

「もう、ジェントルさんにご報告することはありません。私、直接社長に報告します」

「皆から嫌われたくない」──その一心で築き上げたはずの立場は、音を立てて崩れ去った。部下からの信頼を失い、社長からの叱責を受け、唯一の希望だった若きエースにも見放される。

完全に孤立無援となったジェントルは、がらんとしたオフィスでただ一人、鏡に映る自分を見つめていた。イタリアのドメスティックブランドも、喜平のネックレスも、今日は何も輝いて見えない。

「…こんなはずじゃ、なかったんだけどな」

果たして、この「やっておいてジェントル」は、どうやって信頼を取り戻すのだろうか。

 この物語はフィクションです。登場人物は、物語上の役割を担う「ジョブキャラ」として創作された架空の存在です。実在の方を連想させる場合でも、あくまで物語のためのキャラクターであり、実在の方ご本人やその言動を描いたものではありません。

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